女性は四川師範大学を卒業して、同省北川県で中国農業発展銀行に勤務していた。
2年前に母校の卒業・在校生パーティーに出席した折、在学中でコンピューターを学ぶ4歳下の男性と知り合った。
男性は一目で女性が好きになり交際を申し込んだが、年上であることを気にした女性は拒絶。
しかし、男性は「押しの一手」で申し込み続け、とうとうふたりは付き合うことになった。
しかし、男性は就職をうまく決めることができず、卒業後は成都市で臨時雇いの仕事をすることになった。
ふたりは遠距離恋愛を続ける仲だった。
2008年5月12日の四川省地震当日、男性はたまたま休暇をとって女性を訪ねていた。
女性の部屋で帰りを待っていた午後2時21分、地震が発生した。
女性の勤務していたビルは倒壊し、安否は不明だった。
男性は希望を捨てずに待ちつづけた。すると16日になり、救助隊ががれきの下に閉じ込められている女性を発見。
生きていたが女性は足をはさまれており、助け出すことができない。
余震で建物が再び倒壊する危険もあったが、男性は救援隊が掘った穴に頭部を入れて、叫んだ。
「僕たち結婚しよう!式は中国式がいいかい?それとも洋式かい?」。
女性は明らかに、生きることへの希望をかきたてられた様子だったという。
男性の励ましは、それから18時間続いた。
女性が救出されたのは、生き埋めになってから104時間後だった。
女性はその後、長時間の生き埋めの後遺症で右足を切断していた。
長時間の歩行ができない女性を、男性は背負い生きる事を選んだ。
ふたりが結婚の手続きをしたのは10月7日。生活に余裕はない。
式もなければ花束もない、およそロマンティックではない結婚生活の始まりだったという。
ただ、男性には気にしつづけていることがあった。
結婚式を挙げていないことだ。
生き埋めになっているとき、男性は洋式の結婚式を勧めた。
「ウェディングドレスがきれいだよ」。
実は女性の最初の希望は「中国式にしたい」だった。
男性が勧めた結果、「じゃあ、結婚式は2回。最初は洋式、次は中国式」と答えた。
男性は「それに決まり。君の言うとおりにしよう」と約束したはずだった。
そんな時、北京のテレビ局から「結婚式をプレゼントしたい」との申し出があった。
ふたりは、受けることにした。
ふたりは14日、北京に旅立った。
思いがけない形ではあったが、がれきの下でかわした約束は、何にもまして実現させなければならなかったからだ。